2018年01月27日

お腹の中の赤ちゃんとわらべうた

2004年に放送された、NHKの「ためしてガッテン」という番組について書きたいと思います。

テーマは「赤ちゃんの不思議」ということでしたので、興味を持って見ました。

その中でもとても面白いなあと思った実験がありました。
それは、おなかの赤ちゃんは、流れるているモーツアルトの音楽が聞こえるのか、というものでした。

実験は、マイクロマイクを飲みこんで胃の中の音が聞こえるような状態にして、音楽をかけ、マイクに音が拾われるかというものでした。

結果は・・・・音は拾われていませんでした。

音を拾えるようにするためには、音量をかなり上げなければなりません。
それは耳をふさがないといけないほどの音量でした。
つまり、胎教によいと言われている音楽をかけても赤ちゃんが聞いていてよいというよりも、お母さんの心が安定してその安定が赤ちゃんに良い影響を与えるというものだといえます。

で、どうしたらおなかの中に音が伝わるのかというと、マイクを飲んだ人が自分で歌うことでした。
赤ちゃんに聴かせてあげるためには、お母さんが歌ってあげることなのです。

歌うことに自信がないお母さんでも、赤ちゃんはお腹の中でずっと聴いていて、生まれた後でその歌声を聴いたら、うれしいに違い有りません。
その時、赤ちゃんは何かの形でそれを伝えてくれるはずです。
それを見つけた時、お母さんもうれしいし、絆が強まることでしょう。

わらべうたの会では、お腹の赤ちゃんにも、日本の節使いで日本の文化が歌われている唄を聞かせてあげること。
生まれて直ぐお母さんの声を認識し関係を作るためにも。
また赤ちゃんが生まれてたら直ぐに、覚えたわらべうたを唄って聞かせてあげたり、遊んであげたりできるように、プレママさんも是非参加していただきたく、参加対象者にしています。

どうぞ今から、おなかの赤ちゃんと気持ちのやりとりをしてみませんか。
そんなことも思いながら、わらべうたで遊んでいただけたら更に楽しさも増すことと思います。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 17:46| 赤ちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

日本の役割

ここでは、政治の話はあまり書いていませんが、今回は子どもに対しての番組についてのことなので、政治に関わる話ですが書こうと思います。

8月10日にNHKで 「くろげん+夏休み課外授業親子でまなぼう!“戦争とテロ“」と言う番組を放送していました。
ゲストコメンテーターの中にNPO「日本紛争(ふんそう)予防(よぼう)センター」理事長瀬谷(せや)ルミ子さんという方がいました。
世界の紛争地の復興、治安改善、兵士の武装解除・動員解除・社会復帰などを行っているというのです。紛争地の復興や人道援助はあても、民間レベルでこのようなことをしている方、団体があることを知りませんでした。

この番組では、シリアの内戦について取り上げていましたので、瀬谷さんもその地の人々の話をしてくださいましたが(とっても短い時間で残念でした)とても心に残りましたので、お伝えしたいと思います。

シリアにも、入って活動をされているそうですが、シリアの人々は、戦争で破壊されても復興し経済も社会も豊かになった私たち日本人から学んで、国を元通りにしたいと思っているというのです。
つまりは世界で唯一原爆を落とされた国―2つもーが豊かで幸せな国になった、と捉えていると言うのです。
今現在残酷で悲惨な状態の人々の希望に、私たち日本人はなっていると、私は考えた事もありませんでした。

そして、数年前、アルカイダというテロ組織による戦闘の場に、自衛隊が今までと違う関わり方をすることが決まった時、現場にいたジャーナリストが、「ここでは、『日本という国は、この大陸の遠く東にある国で、軍隊を持たない平和主義的な国だ。』と認識されている。
しかし、自衛隊がこのように関わることを知ったら、今まで攻撃しようと思われていなかったのが、違ってくるかもしれない」と話していたのを思い出しました。

そのように捉えられている日本が、他の国とは違うやり方で、世界に果たす役割があるのではないかと強く思います。
子どもたちにどのように伝えるか。
この番組を見ながら考えさせられました。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 22:14| 世界の中の日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

子どもと人形

「わらべうたであそぶ会」では、幼児期における人形の役割の大切さを受け、ハンガリーの幼児教育を研究・実践しているコダーイ芸術教育研究所が創作した「軍足人形」を使って遊んでいます。

会に参加しているお母さん方から、子どものために是非作りたいという声が上がり、「軍足人形作りの会」ができました。

男の子でも女の子でも、自分に似たもの、人間の形をしたものとして人形が身近にあるということは、子どもが人間になっていく過程の中で、大切な条件のひとつといわれています。(「新しい家庭教育の創造 下 」
羽仁協子著 雲母(きらら)書房)

また、ドイツの哲学博士シュタイナーが築いた「人智学・教育学」を基にした幼児教育においても、人形は大切なおもちゃのひとつとされています。

そのことについて、フライヤ・ヤフケ氏(ロイトリンゲ自由ゲオルゲン学校附属幼稚園教員)は、
「おもちゃにとって肝心なのはファンタジーの力が刺激を受けること、生き生きとした自然の印象が伝わってくることです。」
「このことは、人形についても言えることで、人形は人間の姿をしているので、子どもはファンタジーを通して、お人形の中に自分自身の成長、発達する姿をみるのです。」
と言っています。

一方
「目をパチクリさせたり、ミルクを飲み、おしめを濡らすなどの解剖学的な特徴を持った人形では、ファンタジーは育ちません。」
「それらがどんなに味気無く、非芸術的であるか指摘するまでもありません。」
そして、人形や着せる服の形や色はシンプルにすることも大切と言っています。
(「親子で楽しむ手作りおもちゃ」フライヤ・ヤフケ著 高橋弘子訳 地湧社発行)

コダーイ芸術教育研究所が創作した軍足人形は、軍足をダイロンで濃い肌色に染めてから作るようになっていますがここではそのままの生成りの色を生かして作ります。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 23:49| 子育てのこと(環境) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

被災地、新地町に起きた不思議な出来事 ー子どもの頃父親に聞いた話ー

2011年3月11日に発生した東日本大震災。
多くの方の生活に大きな被害を及ぼし、未だに避難生活をしている方が多くいること。
心が痛みます。

私も私の旦那さんも東北出身。
ニュースで耳にする地名はほぼ知っていて、またそこに行ったことはなくともなにかしらの縁があったり、どのような土地柄か分かるところばかりです。

私は福島県出身なので、あの土地が放射能に汚染された土地となり、元のように戻るには長い時間がかかるのだろうと思うとなんとも言えない気持ちになります。

今回は私が子どもの頃に父から聞いた話を紹介したいと思います。

明るく楽しい話ではありませんが、父親から話(昔語りのようなきちんとしたものではありませんがーきつねに化かされた話、きつね火、宝が埋まっている場所、火の玉などなどー)を聞いた時の楽しさも一緒にお伝えできればと思います。

私の実家は今三春町にありますが、生まれは相馬市。
その後入園まで小高町(現在は南相馬市内)、その後三春町と引っ越しました。

父が相馬市で仕事をしていた頃に、地元の人から聞いたという不思議なお話です

場所は、福島県相馬郡の新地町(津波の被害が大きく、震災後よく耳にされた地名ではないでしょうか)。
宮城県との県境の海に面した町で、今回の震災で津波により大きな被害が出ました。
幼い頃に聞いた話の不思議さと一緒になって、この地名は忘れることはありませんでした。

丁度県境のあたりの山を歩いていた3人の男の人が、宮城県の方向からやってくる猿を見つけました。

昔の話といっても3人の男の人は県の職員だったか、なんか公務員のような、とにかくそのような職業についていたと言っていたので、いつの頃か分からないほどの昔の話ではないようです。

その3人は、その猿が両手を胸の前に合わせて合掌し命乞いをするようにしていたにもかかわらず、鉄砲で撃って食べてしまいました。
しかしその猿のおなかの中には赤ちゃんがいました。

その数日後、ひとりが踏切事故で亡くなり、またひとりは病気で、最後の一人も何だったかは忘れてしまいましたが急死したそうです。

「だから4つ足じゃない動物(にわとりも四足ではありませんが)を食べないほうがいいんだと。」というのが話の結末でした。

残酷な話も含まれていますが、私が子どもの頃(小学校中学年の頃)聞いた時は、その残酷さよりも最後の一言とその不思議さがとても印象に残っています。

「新地町」と聞くたびに、この話を思い出します。
新地町もたくさんの方が亡くなりました。

その人たちの供養になりはしないかもせれませんが、この話をたくさんの人に聞いていただき、この地名と共に、震災で大きな被害があったことを忘れないで欲しいと願っています。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 00:00| 福島のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

グローバルな時代だからこそ子どもに親しんで欲しい日本のわらべうた

2017年5月号

今月の歳時記と繋がってのお話になりますが、先日FMラジオで、ルー・ハリソン(1918~2003年ポーランド)という作曲家の「般若心経(La Koro Sutro)」という曲を放送していました。

合唱は良く聞く西洋発声の混声合唱ですが、同じメロディーをみんなで合わせて歌っていました。
伴奏はインドネシアの民族楽器です。
歌詞は、仏教の最も有名なお経「般若心経」。
しかしそれをエスペラント語で歌っていました。

エスペラント語というのは、世界の力を持った国の言語を共通語とするのではなく、新しい言語を作り出しそれを共通言語とするべき、という思想から生まれた言語です。
(船橋でも船橋東部公民館を会場に千葉エスペラント会が活動しています)

ルー・ハリソンは、合唱形態発声法、インドネシアの楽器、仏教という東洋の思想を合体させ世界の様々な文化思想をお互い認め合い尊重し合い柔軟に混合させた曲を作曲したのでした。

この他にも、ヴァイオリンとガムラン、管弦楽による曲、ガムランとピアノの曲、日本の三味線によるイタリア風の曲なども作曲しました。
その根底には、ポーランドという多くの国に支配されてきた歴史のある国の出身ということがあるかもしれません。

わらべうたも民族独自の音楽です。
まずメロディーが日本人独自のものです。

日本の音楽の音階を調べると日本の文化の歴史の一部が見えてきます。

●民謡音階=わらべうたや民謡の音階 
●律音階=わらべうたや子守唄にも見られますが、もともとは中国の文化を取り入れた奈良平安時代に伝わった宮中音楽(雅楽)の音階
●都節音階=戦国時代後半に沖縄から伝わった三線(さんしん)という楽器を改良してできた三味線の音階。わらべうたや民謡にも使われるようになりました。
●沖縄音階=沖縄の音楽の音階。沖縄は、昔琉球王国という大和(日本)とは異なる統治制度でしたので、異なる文化、言語がありました。それを江戸時代が始まって間もなく薩摩藩に侵攻され支配下おかれながらも、独自の文化を守ってきました。
●アイヌの音階=ここはまだ研究がまとまっていません。

このように日本が隣国から取り入れてきた文化が音楽にも影響を与えていることが良く分かります。

現代私たちが最も多く耳にしているのは、西洋の音楽文化(奴隷制度により取り込まれたアフリカの音楽要素を含んだものも含む)です。

これだけではなく、日本人としての音楽文化も持ち続けなくてはとも思います。

大分前ですが、「和風総本家」という番組の企画で、アフリカの放送局に独自の視点で番組を作ってもらうというものがあり、そこで使われていたBGMのひとつが、尺八で演奏されている「江戸子守唄」でした。
日本の音楽のイメージがこれなのかと、驚き嬉しく思いました。

子ども達が、世界に出て何か日本の歌を歌って欲しいと言われた時、お母さんの膝で遊んでもらったっ時の歌だといってわらべうたを、また代表的な子守唄だと(子守唄は世界中どこにでもあります)江戸子守唄を歌って聞かせてあげられたらどんなに素敵なことでしょう。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 16:00| わらべうたを深く知る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジェンダー・フリーについて

2017年4月号
「女らしく」。
つまりは、「物腰をやわらかく」「優しい言葉使い」「思いやり」「お化粧をして」「子供を育てる母性を持って」などいうことでしょうか。

「女らしく」について、いろいろ言われるようになって大分経ちますが、「男らしく」という言葉についても最近ようやくいわれるようになりました。
つまりは「たくましく」「行動的」「か弱きものを守る」などのことでしょうか。

朝日新聞に、その特集が組んであり、そういわれて不自由を抱えている男性からの投稿を集めて紹介していました。

私の夫が、先月から発売されている、放送35周年記念「北の国から」DVDマガジンを買ってきて観ているのですが、その中に、

冬に向う北海道の地であばら家の2階に寝ている子ども2人と女性1人。
その中の唯一の男性、10歳ぐらいの男の子が、
「おとうさん寒くてしかたありません。どうにかしてください」
というのに対しお父さんは
「2階で寝ている男は君しかいません。男だったらどうにしかしなさい。おちんちんついているのをおとうさん知っていますよ
」と答えます。
このお父さんはこの山奥のあばらやで生活できるよう、身体を張って物を作っているので、自分自身もそのようにしているわけです。

もし現在この番組が放送されたら、そのようなジェンダーについて気にする人は、
「なぜ男、ということでそのようなプレッシャーを与えるのか」
と話題にしたかもしれません。

35年前といったらみなさんはおいくつでしたでしょう。
まだ生まれていない方もいらっしゃるでしょうか。

この作品の脚本は、80歳を過ぎた今話題の倉本聰氏です。
戦前生まれ、小学生の頃に終戦を迎えた方です。
この作品を書いていた頃は40歳半ば。
35年前はこれをジェンダーの問題と取り上げる事もなく、「女らしさ」「男らしさ」という価値観がありました。

現在は、女性も仕事で活躍を、男性も育休を取って子育てをすることを、社会全体が進めています。
ジェンダー・フリー=従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること=の実現に社会が動いています。

しかし、遺伝子的、生物学的には、確実な違いがあることも、確かなことです。

前にも書きましたが、女性は出産するとホルモンの分泌により身体も変わり、脳まで男性とは異なる。

遺伝子もYX,とXX。Yの遺伝性は確実にXとは異なる。
だから性差が生まれる。
それは確かなことだけれども、それにとらわれて、強制し不自由を与えてはいけない、というのがジェダー・フリーということなのでしょう。

性別とは何か。
日本女子大では、入学者の限定をどのようにするのか=性同一性障がいの入学を認めるのか=という踏み込んだ検討を始めたそうです。

GLBT(性別越境者)の問題も含め、今私たちが新たな価値感を持って生活していく時代になりました。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 15:51| 女性を生きる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

おむつに頼らない子育て・排泄介助という考え方    

2017-3月号

今回はおむつについて書きたいと思います。

なぜ、日本ではおむつをするのでしょうか。
随分前ですが、たまたま見た本に、まだ文明が広がっていない国では、赤ちゃんにおむつをつけず、お母さんは布のようなもので赤ちゃんを腰の辺りに付け、赤ちゃんが排泄しそうだな、と感じると、身体から離して排泄をさせるというのです。
なぜお母さんは排泄したいと感じていることをキャッチできるのかが不思議でした。

しかし、いろいろな本を読んでみると、赤ちゃんは身体をもじもじさせたり、きょろきょろみまわしたり、口をとんがらせたりと何かしぐさをしているというのです。
赤ちゃんは、膀胱や大腸に溜めずにそのまま流れるように排泄しているのではなく、膀胱や大腸に排泄物をある程度まで溜まったことが脳に伝わり、それを排泄したいという感覚がちゃんとあるというのです。

生き物はみな、なにも覆われていない状態で外に排泄します。
赤ちゃんも自然にそうしたいと感じています。
しかし、歩けません。

また、ある程度決まった場所に排泄するとはいえ、動物は野外に排泄します。
しかし人間は、屋内で生活し、居住空間を排泄物で汚すと衛生上よくないし、不快です。
ですからトイレという場所を決めそこに排泄します。
赤ちゃんはまだその一定の場所(トイレ)で排泄するという決まりが分かりませんし、そこに移動することができません。
そのため、おむつをして、私たちの居住空間を汚さないようにしているのです。

では、赤ちゃんの排泄のタイミングが、私たち大人が分かり、その場所(トイレだけでなくおまるなど)に連れて行ってあげれば、赤ちゃんも本来の欲求の、何も覆われていない状態で排泄することができとても気持ちよく排泄することができ、おむつも必要がない、というこことになります。

しかし、すべての排泄のタイミングをキャッチできませんので、もしもの時のためにお尻に物を当て汚れることを防いでいるのがおむつです。

これは今特別に取り上げられるようになったことではなく、昔から行われてきていたことで、昭和50年頃までは行われてきていました。
昭和23年には、厚生省が作った妊産婦向けの映画で、このような排泄のさせ方を伝えていました。
しかし私の子育ての時代には(平成一桁)、その育児の仕方は聞く機会がありませんでした。
つまり、その間の約10年の間に、排泄のタイミングを見計らっておむつを外し排泄してあげる育児が伝わらなくなってしまったということになります。

そのことについて、「おむつなし育児研究所」所長の和田智代さんは、昭和50年以降、「無理なおむつはずし(トイレに行くことを嫌がる子どもを無理に連れて行く・失敗した時に体罰を与えるなど)は子どもの心の成長に傷をつける」と言う考えが育児書などでいわれるようになり、それが、「タイミングを見て大人がトイレやおまるに連れて行き排泄をさせること」と、混同されてしまったからだと話しています。

昔の人は、子どもが嫌がるような意思を持つ前から、何も覆われていない状態での排泄の気持ち良さを体験させていますすし、それが極当たり前のこととして過ごさせてきていますから、この2つのことは異なることとなのです。

私の子ども達の排泄の自立は2歳過ぎしたが、2歳になる数ヶ月前、叔父に「まだおむつをしているの」と言われました。
その時、「えー1歳過ぎでおむつが取れるなんて、小さな子どもにトイレに行くことを無理強いさせるの?」と思いましたが、今だからそう言われた意味が良くわかります。
生まれた時から、なるべくおむつの中ではなく、何も覆われていない状態での排泄を介助してあげていれば、意思が伝えられ、自分で歩行できるようになった1歳半には、本来の仕方ができるようになるわけです。
しかしこの方法や考え方を知る機会がありませんでした。

「赤ちゃんはおむつに排泄をするのが当たり前」なのではなく「おむつを外して排泄したいのだけど誰も外してさせてくれないから我慢できなくておむつで排泄している」のです。
この考え方で、目覚めた後や授乳や離食の後、ずっと抱っこで移動し帰宅した後、など出るタイミングが分かり易いときだけでも、おむつを外して、おまる(小さな洗面器、手桶などでもよいのです)でさせてあげれば赤ちゃんも気持ちよいし、おむつが1枚お得になります。

このような昔行われていた本来の排泄を自立させる方法を、伝えていく必要があるかな、と思います。

しかし今、「十数時間取替え不要」と銘打った紙おむつが販売されています。
そして本当に十数時間おむつを替えずにいる親もいるとのことです。
それについて、和田さんは、十数時間のおしっこを吸水ポリマーに吸わせ重くなったおむつをつけさせられていることで、腰に痛みを感じている乳幼児もいる、という話をされています。
大人の私達に換算したら・・・その重さを腰骨にぶらさげていたら・・・
考えただけで恐ろしくなります。

私は、育児を終えていますので、自分の子どもでそのような育児ができませんが、このような考え方を、これからの子育て世代に伝えていきたいと思っています。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 14:49| 赤ちゃんのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

わらべうたの会の始まり

2017-1月号

私が大学で、「教育とわらべうた、わらべうた遊び」について、特にわらべうたから始めるハンガリーの音楽教育法「コダーイ・システム」について学び、現在各地域でわらべうた遊びを遊ぶ場を持つことができるようになったのには、NPO法人の「自然育児友の会」との出会いがあってのことでした。

偶然にも、船橋には、このハンガリーの作曲家、教育家のコダーイ・ゾルターンの理念による幼児教育の場がたくさんあり、その幼児教室それぞれに未就園児対象のわらべうたの会がありました。

私も我が子と共にそのような会に参加していたのですが、そこで「自然育児友の会」の会員の方と一緒になり、自分の家の近所でもわらべうたの会を開きたい、というお話を伺いました。
私も丁度その頃、自分自身でも会を立ち上げたい、と思っていましたのでその方に会場をご紹介、手配もして頂き、「前原わらべうたの会」ができました。

その後、その方が「自然育児友の会」の会員さんに、わらべうた遊びが子育てにとても良い、ということを伝えたことで、西船橋にお住まいの方が西船橋にも会を創りたいと「西船わらべうたの会」ができました。

また西船橋にお住いの方が、東京都内の会員さんにもわらべうた遊びについてお話したことで、都内に会を立ち上げたいということで「わらべうたの会~まほろば~」が、またその後、この会の卒会生による小学生のわらべうたの会「わらべうたであそぼ!」ができ、リーダーの方が一部ご自身で出資しながらも会を運営し続けてきました。

このように、わらべうたの会を開く際にとても力になっていただき、また続けて、わらべうた遊びを楽しむために、多くの方に支えていただきました。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 14:27| わらべうたを通してのつながり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする