昔の子育てを知って思うことNo.2

ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。

三が日が過ぎ、まだ松の内の1月5日。

天気予報を見ようとテレビをつけたら、古民家をリフォームしそこに宿泊できるよう観光地化している外国人の紹介をしていました。

とても素晴らしい風景と古民家の美しさ、しかし古民家の中は床暖房やユニットバス、オール電化のキッチンと現代の便利さを取り入れていることに興味を持ちそのまま見ていました。

この外国人は、アメリカ合衆国出身の東洋文化研究者、著述家のアレックス・カーという人でした。

1964年に初来日。

その時に見た日本の山奥にあった景色と古民家に魅了され、いまは全国の古民家を修復し、宿泊施設としてたくさんの観光客の方に泊まってもらうという活動をされているとのことでした。

代表的な著書に「美しき日本の残像」(朝日新聞出版社)があり、その中で変わりゆく日本の美しい風景を憂いています。

しかしこのようなことも書いています。

「私は、美しかった昔の風景の頃の日本の暮らしに戻り、そのまま生活をしようと言っているのではない。美しい風景、美しい住居があるにもかかわらず、人々がそこを捨て都会へと出ていったその切実な思いを知っているからだ。廃墟となった古民家を訪れた時、家の中にあったかつての住人が紙に書いた文章を見つけた。
そこにはここでの暮しが、貧しく、暗く、寒さとの闘いであり、その辛さが書かれていた。
だから自分は、現代の文明を取り入れ暮らしやすい住居へと古民家を改築し、しかし古民家の美しさや、
家に対する思いや工夫、家を形作っている自然から頂いた
材料への感謝の心などはそのまま受け継ぐ。
そのような思いで古民家の改築をしているのだ。
便利になった世界と同時に心の世界も同時に進行していく
必要があると思う。(大約)」

この話を聞いて、わらべうたも同じように感じました。

前回も書きましたが、昔の生活の中にも、人としてしてはならないこともあった。

しかしそうでない心はいつもまでも伝えいくことが大事なのではないでしょうか。

そのようなことを考えないとしても、やはり我が子と向かい合い触れ合い、その笑顔を見ながら遊ぶことは、嬉しく楽しいことですよね。

まずはそれが一番なのです。