2017年07月02日

被災地、新地町に起きた不思議な出来事 ー子どもの頃父親に聞いた話ー

2011年3月11日に発生した東日本大震災。
多くの方の生活に大きな被害を及ぼし、未だに避難生活をしている方が多くいること。
心が痛みます。

私も私の旦那さんも東北出身。
ニュースで耳にする地名はほぼ知っていて、またそこに行ったことはなくともなにかしらの縁があったり、どのような土地柄か分かるところばかりです。

私は福島県出身なので、あの土地が放射能に汚染された土地となり、元のように戻るには長い時間がかかるのだろうと思うとなんとも言えない気持ちになります。

今回は私が子どもの頃に父から聞いた話を紹介したいと思います。

明るく楽しい話ではありませんが、父親から話(昔語りのようなきちんとしたものではありませんがーきつねに化かされた話、きつね火、宝が埋まっている場所、火の玉などなどー)を聞いた時の楽しさも一緒にお伝えできればと思います。

私の実家は今三春町にありますが、生まれは相馬市。
その後入園まで小高町(現在は南相馬市内)、その後三春町と引っ越しました。

父が相馬市で仕事をしていた頃に、地元の人から聞いたという不思議なお話です

場所は、福島県相馬郡の新地町(津波の被害が大きく、震災後よく耳にされた地名ではないでしょうか)。
宮城県との県境の海に面した町で、今回の震災で津波により大きな被害が出ました。
幼い頃に聞いた話の不思議さと一緒になって、この地名は忘れることはありませんでした。

丁度県境のあたりの山を歩いていた3人の男の人が、宮城県の方向からやってくる猿を見つけました。

昔の話といっても3人の男の人は県の職員だったか、なんか公務員のような、とにかくそのような職業についていたと言っていたので、いつの頃か分からないほどの昔の話ではないようです。

その3人は、その猿が両手を胸の前に合わせて合掌し命乞いをするようにしていたにもかかわらず、鉄砲で撃って食べてしまいました。
しかしその猿のおなかの中には赤ちゃんがいました。

その数日後、ひとりが踏切事故で亡くなり、またひとりは病気で、最後の一人も何だったかは忘れてしまいましたが急死したそうです。

「だから4つ足じゃない動物(にわとりも四足ではありませんが)を食べないほうがいいんだと。」というのが話の結末でした。

残酷な話も含まれていますが、私が子どもの頃(小学校中学年の頃)聞いた時は、その残酷さよりも最後の一言とその不思議さがとても印象に残っています。

「新地町」と聞くたびに、この話を思い出します。
新地町もたくさんの方が亡くなりました。

その人たちの供養になりはしないかもせれませんが、この話をたくさんの人に聞いていただき、この地名と共に、震災で大きな被害があったことを忘れないで欲しいと願っています。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 00:00| 福島のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

福島へ 募金、寄付、賛同金を贈りました

みなさんから頂いた寄付金の中から
・福島災害復興寄附金、    
・「3・11甲状腺がん子ども基金」への寄付金
・被ばく労働を考えるネットワーク」への賛同金
を送りました

●福島災害復興寄附金
みなさんから頂いた寄付金の中から、5000円を、「福島災害復興寄附金」として、福島県に贈りました。

「福島災害復興寄附金」は、学校等の災害復旧、被災生徒の通学支援、仮設住宅の環境改善、原子力災害による風評被害対策など、県が行う災害復興等の事業に使われるものです。

●3・11甲状腺がん子ども基金
みなさんから頂いた寄付金の中から、5000円を、「3・11甲状腺がん子ども基金」の寄付金として贈りました。

「3・11甲状腺がん子ども基金」は、2016年7月に、設立されました。

震災時に18歳未満だった子どもの小児甲状腺がんの調査が行われていますが、今の段階で174名が悪性または疑いと診断されています。

今まで、通常の生活環境での子どもの甲状腺がんの調査をしていないため、その値が異常な数値であるのか、それが原発事故の放射線によるものとは断定できない、ということで特別な援助を国はしていません。

そのような中、甲状腺がんと診断された家族を多様継続的に支援、原発事故による健康調査も視野にいれた取り組みを行う場とし、この基金を立ち上げたとのことです。

原発事故による多量の放射線漏れ(線量は減ったとはいえまだもれ続けている状態)というかつて無い状況に対して支援をしていきたく思い、寄付させていただきました。

●被ばく労働を考えるネットワーク 賛同金
みなさんから頂いた寄付金の中から、6000円を、「被ばく労働を考えるネットワーク」の賛同金として送りました。

過酷な労働条件の中作業を行っている人たちの、労働環境改善、相談、などを行う民間の機関です。

いつ終わるか見当もつかない、廃炉までの期間、作業をする人々を守る場を応援すべきではないかと思い、賛同金を送りました。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 22:46| 福島のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする