2015年12月17日

昔の人の年齢の考え方、数え方

以前、ここでも書きましたが、昔の人の年齢の考え方、数え方について書きたいと思います。

昔の人は、お正月にやってくる歳神様からひとり、ひとつずつ新しい魂(歳)をいただいて歳を取る、という考え方をしていました。

私の実家では、大晦日の夜は、「早くお風呂に入って歳取りをするよ」と言われ、必ず鶏(取り)肉の入った筑前煮を食べました。

「新しい年を迎える」という意味かと子どもの頃は思っていましたが、お正月は歳神様から新しい年を頂き年齢が上がっていくことだと知って、この「年取り」は「年を取る」ということなのだと分かりました。

このように、お正月で1歳年が上がるということですので、昔お正月が今で言うお誕生日、みな同じ日がお誕生日ということになります。

前にも書きましたが、12月31日に生まれた赤ちゃんは生まれた時に、氏神さまから歳(魂)をひとつ頂きますのですでに1歳になっています。

そして次の日正月がきて、歳神様から新しい歳魂を頂くので、2歳ということになります。

「氏神様」というのは、それぞれの地域をお守りする土着の神様のことです。

みなさんの住んでいるところの氏神様はどの神様でしょうか。

いろいろ調べ方や考え方があるようですが、ご自分の家の近くの神社と考えてよいのではないかと思います。

地域の神社は、昔、地域の人が、本社に出向き、ご神体を分けて頂いてそこに祀ったのですから、その地域に強く結びついていると考えることができます。

そして、家族の中で、ここが我が家の氏神様と思い、初詣やお宮参り、七五三などのお祝い事もそこに出向く、とすればよいのではないかなと思います。

神社も鳥居に書かれている名前により、祭られれている神様は様々です。

それを知るのも興味深いものです。

ここでは船橋大神宮の話を良くしますが、「大神宮」とついている神社は「神話」に出てくる「天照大皇神(アマテラスオオミカミ)」を伊勢神宮から分けて頂いて祀っていますので、船橋大神宮もそのひとつです。

伊勢神宮から分けて頂くと言う事は、庶民にはできないことで、権力者によることが多いので「その土地の土着の」という事とは違ったものになってしまいます。

しかし船橋大神宮には、「意冨比神(おおひしん)(大日神)」という太陽神も祀っていて、こちらの方が「天照大皇神(アマテラスオオミカミ)」よりも先に祀られていて、周辺(東京湾)の漁民の信仰を集めていたという記録があるそうです。

どちらかといえば、船橋の市街地の土着の神様だったといえます。

ここ前原、近辺は台地つまり高台で、農業を行っていたと思われますので、別の神様を氏神にしていたかもしれません。

そうではあっても、ご家族の中で、ここの神社の神様に守っていただこう、と決めれば、そこが氏神となると思います。

そのようなわけで、我が家は前原の高台、中の木の部落にあり、中の木の部落の氏神様は中の木の森の中にある「八坂神社」のようですが、我家はよその土地から移って来ましたので「氏神」は「意冨比神」とさせていただいています。

とはいってもやはりご挨拶に、八坂神社にも初詣にいきます。

ここでは大晦日から新年にかけて部落の方々がお宮をお守りし、初詣に来た方たちに、お神酒と甘酒、みかんを振舞ってくださるのです。

この神社では2月の初午に藁で作った大蛇を作ります。

船橋市内でも貴重な地域といえます
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 00:00| 先人たちの子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月04日

昔の子育てを知って思うことNo.2

ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。

三が日が過ぎ、まだ松の内の1月5日。

天気予報を見ようとテレビをつけたら、古民家をリフォームしそこに宿泊できるよう観光地化している外国人の紹介をしていました。

とても素晴らしい風景と古民家の美しさ、しかし古民家の中は床暖房やユニットバス、オール電化のキッチンと現代の便利さを取り入れていることに興味を持ちそのまま見ていました。

この外国人は、アメリカ合衆国出身の東洋文化研究者、著述家のアレックス・カーという人でした。

1964年に初来日。

その時に見た日本の山奥にあった景色と古民家に魅了され、いまは全国の古民家を修復し、宿泊施設としてたくさんの観光客の方に泊まってもらうという活動をされているとのことでした。

代表的な著書に「美しき日本の残像」(朝日新聞出版社)があり、その中で変わりゆく日本の美しい風景を憂いています。

しかしこのようなことも書いています。

「私は、美しかった昔の風景の頃の日本の暮らしに戻り、そのまま生活をしようと言っているのではない。美しい風景、美しい住居があるにもかかわらず、人々がそこを捨て都会へと出ていったその切実な思いを知っているからだ。廃墟となった古民家を訪れた時、家の中にあったかつての住人が紙に書いた文章を見つけた。
そこにはここでの暮しが、貧しく、暗く、寒さとの闘いであり、その辛さが書かれていた。
だから自分は、現代の文明を取り入れ暮らしやすい住居へと古民家を改築し、しかし古民家の美しさや、
家に対する思いや工夫、家を形作っている自然から頂いた
材料への感謝の心などはそのまま受け継ぐ。
そのような思いで古民家の改築をしているのだ。
便利になった世界と同時に心の世界も同時に進行していく
必要があると思う。(大約)」

この話を聞いて、わらべうたも同じように感じました。

前回も書きましたが、昔の生活の中にも、人としてしてはならないこともあった。

しかしそうでない心はいつもまでも伝えいくことが大事なのではないでしょうか。

そのようなことを考えないとしても、やはり我が子と向かい合い触れ合い、その笑顔を見ながら遊ぶことは、嬉しく楽しいことですよね。

まずはそれが一番なのです。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 00:00| 先人たちの子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

昔の子育てを知って思うこと No.1

「ぼんのくぼ」という言葉をお聞きになったことがありますか。

辞書で調べると「首の後ろの頭部との境にあるくぼんだ所」とあります。

もう一つ「江戸時代に行われていた、子どもの髪型。首上の当たりの髪だけを伸ばし、周りは短く切る。」ともあります。

なぜこのような髪型にしたのでしょう。

子どもはまだ人の世にしっかり足を踏み入れていない。

魔物はそのような弱い存在である子どもを魔界に連れていこうとする。

もしそうなった時、その頭の後ろの毛を掴んで引っ張り、魔界に連れていかれないようにしようとしたのだそうです。

こんな話は、現代社会では馬鹿げた話かもしれません。

まず、魔界があるのか。魔物はいるのか。

しかし昔の人が、「新しい命をとても大切にしていた。

それも家族や地域ぐるみで」ということを表す風習のように感じます。

これほどまでに新しい命を大切にしたのはなぜでしょう。

昔は、生活の環境の悪さ、貧困から子どもが命を落とすことがたくさんあり「どうぞ無事に、育って欲しい」という願いは大きかったのでしょう。

あるいは、悲しいことではありますが、労働力として子どもが必要だったのかもしれません。

しかしその一方で、「口減らし(くちべらし)」として、食べるものがないからこれ以上子どもを増やすわけにはいかないと、生まれた子どもの口をふさいで息を止めさせてしまうこともありましたし、川原で赤ちゃんを産み落としそのまま捨ててしまう、という惨いこともあったようです。

昔の生活は人間らしく豊かだったと、一概に言えないということが、小説「楢山節考」には描かれています。

どの時代にも両極があったということでしょう。 

今現代に生きる私たちは、そこから何を得て、子育てをしなくてはならないのでしょうか。

それを選択し、子育てに生かせたらよいのではと思います。
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 00:00| 先人たちの子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

今も昔も親心は同じ

わらべうた遊びの中には、昔も今も同じ親心や子育ての知恵がたくさん含まれています。

身体の部位を遊びながら教えた「おやゆびねむれ」、子供の顔と家族の似ている所を言いながら顔を触っていく「ここはとうちゃん」、人の道を外すな、おでこはひっこんで鼻が高くなりいいお顔になるようにという親心が込められた「だいどうだいどう」、おむつ替えの後に、ご褒美として遊んであげると、子供がおむつ替えを嫌がらなくなる遊び「いちり にり」、赤ちゃんの足を裏から見た時の指の並びが、えんどう豆のさやのなかの豆のように見えるところから遊びが生まれた「ふくすけさん」、腰を丈夫にする舟こぎ遊び「おふねは ぎっちらこ」など、まだまだたくさんあります。

また、岩手県の遠野市で、遠野のわらべうたを伝承している阿部ヤヱさんは著書の中で、次ようなことを書いています。

子守をするおばあさんは、赤ちゃんが眠ったら、掃除や洗濯などしなければならない仕事がたくさんあるので、早く眠ればいいとそわそわしながらあやすと赤ちゃんはそれを感じとって、なかなか寝つかない。

ですから「いいじゃないか、泣く子はどんなに忙しくてもあやしてやれよ。万の宝よりも子は宝だよな」という意味の子守唄をゆったりとした気持ちで歌うと、赤ちゃんも声を聴いて安心し、早く寝ついたのだそうです。

昔も今も子育てをしながら感じることは同じなのだなあと思いました。

みなさんはいかがですか。

 <子守唄の歌詞>

よいだらさのやぇ やんさやめでもよぉ 

泣く子ば だましぇやぇ

万の宝よりもなぁ 子は宝だよなぁ
posted by 母と子のためのスペース”穂” at 23:32| 先人たちの子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする